陽炎
だきまくらは夢を見る 咽び泣くことすら出来ずに夢を見る
「三ヶ月、と言ったところでしょう」 白衣のその人が告げた言葉は、あまりに唐突だった。 彼は今眠っている。 私達は彼の眠るベッドを囲むようにして座っていた。 誰も、何も喋らない。 静けさが反響するような白い部屋。 いつもは明るいミカゲも今日は人形のように押し黙っていた。 不安なのか縋るように繋がれている手も、 いつもは汗ばんでいるくせに今日は恐ろしい程冷たかった。 「ねぇ、サミダレ」 きゅ、と繋いだ手に力が込められる。 それがひどく女の子らしく感ぜられて、危うく笑いそうになったのを押し込める。 「死なない、よね?」 頼りなさげに震える目が、突き刺さってくるようだった。 「大丈夫、だよね?」 胸の辺りを強く殴られているような感覚だった。 心が子供のまま、身体だけが大人になってしまったような人。 それが彼だった。 そんな人間が残りの期間を宣告されてしまうなんて、しかもそれがたったの三ヶ月だなんて。 似合わなすぎて笑ってしまうのだ。 殺しても死ななそうな彼が、 知らないところで得体のしれないものに蝕まれていたなんて、本当に。 「大丈夫でしょ」 涙を流す周りのことなど見えないかのようにその手を握り返す。 「直ぐに良くなる」 「…よかった」 ミカゲはにこり、と笑った。 無理矢理と言った風が全くと言っていいほど隠れてなかった。 彼女は分かっている、そこまで馬鹿ではないのだ。 けれど、こんな嘘を本気にしようとしている。 嘘さえ言えなくなったら終わりだと、そう信じている。 「大丈夫」 呟く。 重ねる。 「大丈夫だよ」 彼が、もっともっと遠くへ行く直前になっても、ただミカゲの手を握っているだけだった。 恐怖に、寂しさに、悲しみに、 押し潰されそうになる彼女をただ抱きしめて、優しく頭を撫でてやるだけだった。 すべて投げ出して泣きじゃくることは出来なかった。 現実を受け入れられる程、強く出来ていなかった。 「…ねぇ」 しなないで。 伝えたい言葉は音にならない。 それでもそのまま舌を抑えて唇を蹴って、集中治療室のガラスを曇らせる。 ガラスについた手が、跡を残して少し、下がった。
20130628