君の名を呼ぶ



後編
「そういや雅子ちゃんは?」 ず、と茶でも飲むような軽さで酒を煽りながら福井が言う。 流石と言うべきか、その頬には僅かに赤みが差しているだけだ。 「荒井さんならさっき外出てったで?」 今吉の言葉に諏佐も記憶を巻き戻す。 今吉はさっき、と言ったが、部屋を出て行く荒木を見たのはもう一時間ほど前だ。 「蔵かな…ちょっと劉、見てきてくれよ」 「そうやってバイトをこき使うアルか!」 「神社の階段で行き倒れてたお前を拾ったのは俺らだろ〜働けバイト」 そうして追い立てられた劉が部屋を出ていき、岡村がまた一本酒を開ける。 しかし、戻って来た劉の言葉で和気藹々とした空気は払拭された。 「いなかったアル」 「は?」 「え?」 その言葉に福井と岡村が顔を上げる。 「…良く、探したの〜?」 「あったり前アル、蔵の中も裏も、ついでに社務所の方も見てきたアルよ」 この寒い中走って!と続ける劉。 「でもいなかったアル。福井さん、他に心当たりないアルか?」 さっと酒臭いその部屋に緊張が走った。 「雪国やけど…埋まってもーてるとか、そないなこと、ないやろな…?」 「いや、今日はそこまで雪降ってねぇし、そういう心配はねぇと思う。 この辺滑るとこもねぇし、雅子ちゃんも体調悪そうな感じしなかったしな…」 「なら酔い覚ましとかしとるのと違う? 地元民やないワシがあれこれ言うのも何やけど、 荒木さんいなくなったってなった途端、空気変わったような気ィしてな」 不安になるやん、と今吉が笑って見せると、福井がワリィ、と頭を掻いた。 「ともいより神社の伝説、悪鬼にまつわる話はしたよな?」 頷く。 「あれ、少し端折ってあるんだよ。 八人の精霊を神様を、悪鬼と戦えるようにその身に宿したのはとある旧家の母と息子で、 悪鬼は封印される前、言ったそうだ」 口惜しや、口惜しや。 か弱き人間と侮ることはもうすまい。 次こそは、次こそは、お前たちから消してやろう…。 「まぁ、ちょっと姿が見えないだけでこんなん言うのもアレだとは思うけどな。 祭りの前ってこともあって、ちょっとピリピリしてるだけだ」 苦笑する。 「とりあえず雪も少しだが積もってる訳だし、 日暮れまでに見つからなかったら警察に連絡だなこりゃ。何事もねーと良いんだけど」 俺は裏探してくるから、劉は神社をもう一度、岡村と敦は旅館を頼む。 お二人と氷室教授は中にいてくれ。 福井はそうだけ残して、部屋から出て行った。 その後をオレも手伝ってくるね、と氷室が付いて行く。 「…すさ、どう思う?」 ぱたり、とそのふすまが閉まってすぐ、今吉が低く問うた。 「どうって」 「悪鬼の仕業やと思うか?」 「そうだったらお前はどうするんだ?」 ぐ、と詰まる。 何も出来ないだろうと、言葉にすることすら必要ない。 「荒木さんはお前に関係のない人間だろう。今日会っただけの、知り合っただけの人間だ」 「…そういうことやないん、分かっとるやろ」 こういうのを優しいと言わないことは諏佐も知っていた。 これは、甘い、だ。 今吉や花宮のためになんやかんやで動く諏佐に、言えた義理はないかもしれないが。 今吉の愛好の対象が人間であるからか、その甘さは止めていなければゆるりと流れていく。 それが今吉が諏佐に希ったことを叶えてやるには、些か厄介なのだ。 ため息を吐いて諏佐が立ち上がる。 「さっすが、諏佐やな!」 そう分かりやすく喜色を呈した今吉に、諏佐はもう一度大きくため息を吐いた。 神社の階段の前に全員が集まっていた。 「すんません、じっとしてるのもアレで…」 「客人にまで心配掛けちまってワリィな」 どうやらまだ荒木は見つかっていないらしい。 諏佐は口を開きかけて、その人垣の向こうにそれを見て、思わず口を閉じた。 くろいもの、とその他に表現する術がないように思えた。 闇とも違う、けれども質感のないような黒が其処に浮いていて、こちらを凝視している。 じり、と灼かれるような心地に諏佐は目を細めた。 「す、さ。何、あれ」 縋るような声に、諏佐はそれが今吉にも見えていると知る。 緩慢な動きで、しかしなめらかにこちらへ向かって来たそれに、諏佐も今吉も反応出来なかった。 視界の端で紫原が氷室の手を引いているのが見えたが、肝心の脚が動かない。 「すさッ!」 悲鳴のように短い呼び声と共に助けを求めるように手が伸ばされ、 それに応えるように諏佐が手を伸ばす。 諏佐が今吉の手を掴んだ瞬間、光が溢れて二人の姿は吸い込まれるように消えてしまった。 「ショウイチ!!ヨシノリ!!」 氷室の叫びに答えるものはない。 まずいことになった、と更に顔を青褪めさせる福井と岡村、 たった今目にした光景が信じられないと言うようにやたら瞬きをする劉。 「…だから、言ったのに」 その横で紫原が地面を睨みつけるようにして呟いた言葉は、誰の耳にも届かなかった。 「此処、何処や…」 ひらひら、と散る桜を見上げて今吉が唸る。 間違いなく先ほどまで雪の積もった神社にいたのだ、桜が咲いている訳がない。 狂い咲きというにはその本数が多すぎる。 花片はその桜並木に沿うように流れる川に、ひらひらと舞い落ちていた。 ばしゃばしゃと音を立てて流れ行くその川の飛沫に、桜の色が映えてとても綺麗だ。 「ワシらは冬にいた気がするんやけどなぁ」 風まで春の香りをさせる突如として現れた、否、現れたのは今吉と諏佐の方なのだろうが、 その世界に今吉は戸惑いを隠しきれないようで頬をぽりぽりと掻いていた。 「えーこれ、またワシがなんか巻き込まれたっちゅー解釈で良えん?」 「まぁ、そうだな」 「ああもう、またワシ花宮に怒られるやん…」 諏佐巻き込んで!ってな。 そう眉尻を下げる今吉に、諏佐も彼の言葉を思い出す。 気を付けるつもりはあるだけじゃだめなんですよ―――そう部屋で言われたのは記憶に新しい。 きっと帰れば花宮はまた意味もない説教をするのだろう。 いつものように、あの悲しげな調子で。 それが諏佐に伝わらないと、そう分かっていて。 「これ、悪鬼の塒にしてはあまりにメルヘンチックすぎると思うんやけど、違うやつか?」 「ああ」 「でもワシらがこん世界来てもーたのは、悪鬼の所為か?」 「そうだな」 「すさぁ」 いつもの甘えるような調子にはぁ、とため息を吐く。 「酒飲んだだろ」 「飲んだけど何や?まさかこれが酔っ払って見てる夢、なーんては言わんよな」 「あれ、神酒だったから」 「…魔除け出来た、言うことか?」 「まぁ、そんなところだろう」 座っていた状態から腰を上げ、尻についた土を払えば今吉も立ち上がる。 そのまま何も言わずに歩き始めると、同じように何も言わずに今吉はついてきた。 暫く歩くと開けた所に出た。 だだっ広い草原が広がる中、色とりどりの花に揺り籠のように囲まれて眠っている人間が一人。 「荒木さん…?」 さっきまで探していた荒木雅子、その人に見える。 「なぁ、諏佐。あの荒木さんほんまに荒木さんか?」 「ああ、本当に荒木さんだ」 その言葉を聞いて今吉が彼女に駆け寄り、揺り起こす。 数度揺さぶるとその瞼が震え、荒木が目を覚ました。 「荒木さん、大丈夫ですか?」 「いまよし、さん?」 「そうです。痛いとことかあらへん?」 辺りを見回す荒木に手を貸し、起き上がらせる。 話を聞くと、外の蔵に酒を取りに出た荒木は何か黒いものに襲われたのだという。 恐らくそれは先ほど二人の前に現れたものと同じだろう。 あわやそれに飲み込まれようという時にそれを邪魔したのは、何か光る存在だったらしい。 「そして、気付いたら此処に…此処は何処なんだ…」 ふうむ、と今吉がわざとらしく頷く。 「簡単に言えば、荒木さんが邪魔だったんやろな」 「それもあるだろうな」 意味はないだろうが、と小さく呟いた声はしっかりと今吉にも届いていたらしい。 しかし少しばかり頭を振ると、それには食い付いてこなかった。 「で、諏佐。どうせまたこっから帰る方法も検討がついてるんやろ?」 「まぁ、そうだな」 何事もないかのようにそう振った今吉にも、 同じく何事もないかのように普通に答えた諏佐にも荒木は目を見開く。 「と言っても出来るのは待つことだけだろうけどな」 「つまり?」 諏佐は一瞬だけ今吉に視線を移して、それから荒木を見遣ってああ、と言ったように続けた。 「元々荒木さんが此処に閉じ込められたのは、彼らが彼女を守るためでもあった。 世界が幾層かから成っているというのを前提として考えて欲しいんだが、 悪鬼は恐らくその一番深い場所、 つまり自分の封印されていた場所に荒木さんを引き込みたかったんだよ。 けれどそれをされてしまうと荒木さんは戻れなくなるから、 その上澄みであるこの世界に引きこまれた、そんなところだろうな」 大切な土地の大切な子孫たちが、悪しきものに危害を加えられたりしないように。 「だから、此処の神様たちがもう大丈夫って判断を下さなければ此処からは出られないんだ」 「…ほんまに待ってるしか出来へん?」 じっと下から見上げてくる今吉に諏佐は目を細める。 その反応に今吉はにぃ、と唇を歪めて、なぁ、と追撃をした。 「すさぁ」 「…分かったよ」 盛大にため息を吐いてやる。 こんな美しい世界に別れを告げるのは、ひどく勿体ないと思っていた。 それを口にしないのは、優先順位が違うと言われるのがまた面倒だからというだけだ。 諏佐は二人を引き連れて、諏佐と今吉が最初に気が付いた場所まで戻ってきていた。 ぶわり、と芳香を放つ桜並木が三人を迎える。 その道を何も言わずにずんずんと進んだ先に、 その根源と思われる大きな一本の桜の樹を見つけた。 「諏佐?」 ぴたり、とその前で足を止めた諏佐に、今吉が不安そうに声を掛ける。 「今吉」 名前を呼んでやれ、とせっつくと、戸惑ったように今吉が口を開いた。 「ナモミ、様…?」 ぱしゃん、と水音がして、目を見張るような鮮やかな色が瞼を灼いていった。 「…なぁ」 「なんだ」 「何かワシ、びしょ濡れになっとるんやけど」 「そうだな」 頭から冷水をひっかぶった今吉がぐるりと振り返って諏佐を睨みつける。 「しっかもこれ冷ったいんやけど」 「雪融け水だからな」 「ナモミ様やからか」 「ああ」 その応えに今吉は盛大にため息を吐くと、 ぽたぽたと滴る水もそのままに、もう良えわ、次行こ、と呟いた。 その後も一人だけ超局地的大雨に襲われたり、 足元から急に生えてきた稲穂に躓いて顔面から転んだり、 あまりにしんと静かな雪原で突如現れた鳥に啄かれたり、 突然降ってきた鏡餅が頭に激突したり。今吉だけに様々な災難が降りかかるのを、 諏佐は顔色一つ変えずに眺めていた。 荒木は最初こそ戸惑っていはいたが、三つ目辺りで諦めたらしく、 申し訳なさそうな目で今吉を見ている。 なぁ、すさ、と出来たたんこぶを擦りながら今吉が顔を上げた。 「ワシの好奇心で秋田のうまい酒を飲むん邪魔したのは悪い思うとるけどな!?」 これはあんまりなんちゃう!?そう叫んだ今吉に、諏佐はじとりとした目線を向ける。 「お前の望んだことだろう」 「そうやけど!」 ワシばっかこんな目に合うのもな、と続けて愚痴った今吉に、諏佐は静かに首を振るだけだった。 「オレには出来ない」 はっとしたように今吉の動きが止まる。 「オレには出来ないんだよ」 意味を正確に読み取ったらしい今吉は暫くの間地面を見つめたままだった。 そして、一つ息を吐くと、 「…分かった、あと三人やろ、頑張るわ」 仕方ない、と言うふうに頭を振って見せた。 ざくざく、と寒くない雪原を踏みしめて歩き続けていくと、小さな祠が見えてきた。 「あれやろか」 「恐らく」 「ちゅーか、もうこっから先想像もつかんのやけど、ワシ生きてこっから出られるやろか」 「大丈夫だろ」 祠の目の前で脚を止める。 「えー…順番的には、ヤマハ様、か?」 何も起こらない。 「何でや…」 「ヤマハ様はハバキ様と対になる存在だし、一緒に呼ばないといけないのかもしれない」 「なるほど。荒木さん頭良えな」 こほん、と咳払いを一つして、今吉はもう一度呼びかけた。 「ヤマハ様、ハバキ様」 やはり、何も起こらない。 「すーさー…」 「下手な鉄砲」 「数撃ちゃ当たるけどな…」 息を吸い込む。 「コシキ様」  その音が消えない内に祠が光輝いて、 「へっ!?」 今吉の気の抜けた声と、荒木の小さな悲鳴と、内臓を置いてきてしまったような浮遊感。 「足元抜けるとか聞いてへんでー!!」 へんでー!とエコーのかかる暗い穴の中を落下していくうちに、眼前は真っ暗になった。 ぼすん。 そんな間抜けな音で真っ白なものに身体が押し付けられる。 「つめたっこれ冷たッ!雪やんか!冷たッ!!」 今吉の騒ぎ声によっこらせ、と身を起こせば、ぱちくり。 そんな効果音がよく似合う表情をした紫原と目が合った。 「あー…エート…おかえり?」 「あ、ああ…ただいま」 紫原が手を差し伸べて荒木を立ち上がらせる。 それから諏佐の方に向き直ると、分かりやすく顔を顰めた。 「はやすぎ〜…っていうべき、なのかな。まだアレ、片付いてないよ」 アレ、と目で示した方には先ほどの小旅行の原因とも言える黒いものが漂っていた。 「すぐに片付くんだろう?」 そう問えば、紫原は一瞬目を見開いて、それから頭を振る。 「…他人事だと思って」 「事実他人事だからな」 「巻き込まれてるんだからもう当事者でしょ」 「そうでもないと思うが」 「…ほんっと」 じとりとした目。 黒いものはやはり緩慢に動いてはいたが、今度はそれからすいすいと逃げられる。 諏佐は今吉を、紫原は荒木の手を引いていてもまだ余裕があった。 「…このままだと多分またその人、何か巻き込まれると思うけど。 そしたら、教授もおちおちお酒飲んでられないと思うよ」 良いことを思いついたと言わんばかりに口角を吊り上げ、そうのたまう紫原に、 諏佐は初めて苦虫を噛み潰したような、そういった分かりやすい表情を呈した。 「あ、なーんだ。そういう顔も出来んだね」 「…早急に片付けてくれないか」 「しょーがないなー」 何処か紫原は嬉しそうに笑って、そうして足を止める。 「良いよ、使っても。でも大事にしてね、そんでちゃんと返してね」 とても小さい声ではあったが、その呟きは今吉にも届いていたようだった。 何、と聞く前に紫原は天を仰いで、 突如として降ってきたその光を受け入れるように少し腕を広げてみせた。 それから先に特筆すべきことはない。 紫原に降ってきた光はそのまま彼の身体の中へと入ると、 その腕を一度振るい、じりじりと迫ってきていた黒いものを消してみせた。 何の盛り上がりもなくただそれだけで、光り輝く紫原は一度だけ振り返り、 三人を見て微笑むと、そのまま火が消えるようにぱたん、と雪の上に倒れ込んだ。 「しっかしまぁ、こう言っちゃなんやけど、そっけない終わり方やったなぁ」 全く動かなくなってしまった紫原を担いで、 荒木の案内で旅館へ戻ると、一様に驚いたような目で迎えられた。 当たり前だ、二人は彼らの目の前で消えたのだから。 しかしそれも動かない紫原が目に入ればどうでもよくなったらしく、 彼を引き渡した後は、先ほどの大広間へと通されていた。 今吉の身体は濡れている訳でもなく、 あの綺麗な世界へ行ったことは夢だったのかとさえ思う程だ。 「あれ、ともいより様が神宿りなされたってことで良いん?」 「ああ」 従業員が気を利かせて出してくれた茶を啜る音が響く。 「ピンチに戻ってくるくらいにはこの土地好きなんに、何で名乗っていかんのやろな」 「…神様は名乗っていたんだよ」 そっと、諏佐は呟いた。 「ただ、神様は自らの犯した罪の償いをしている最中だったから、 その罪が天に赦された後にもその名をこの地に残すことを、 当時の人々は彼の妨げになると考えたんだろう」 その言葉に今吉は目を一瞬だけ見開き、考え込むように目を閉じて、息を吐く。 「祝いを遊(すさ)び乎(よ)ぶ彼の神…ともいより…。ああ、なんや、そういうことか…」 言葉遊びが好きなんは、日本人の性なんかなぁ。 そう呟いた今吉はぐい、と茶を飲み干すと、湯のみを置いた。 「トンデモ神様やけど、ああ、そうか。此処が好きやったんやなぁ…」 掌で顔を覆ってしまえば、それはくぐもってしか聞こえなくなっていた。 ず、ともう一口茶を飲む。 程よい温かさのそれは美味しく、雪に冷えた身体の隅々まで行き渡るようだった。 テンテンテン、と祭囃子の音が聞こえていた。 「オレの忠告、聞かなかったよね」 ざわざわと人混みの音が少し薄まる社の後ろに、 ぽつんと座って空を見ていた諏佐の横に、のっそりとした影が被さる。 「そういうことになるか」 「まぁどうせあの助手さんの所為なんだろうけどさ〜。 こっちも雅子ちん連れ戻してくれたってのがあるし、 オレが倒れた後も旅館まで運んでくれたらしいし、あんま言えねーけど」 その影の主は言うまでもなく紫原で、何を思ったか諏佐の隣にちょこん、と腰掛けた。 はぁ、と吐いた息が白く染まる。 「ああいうの、ちょっと困るよね」 紫原のその指示語が誰を指しているのかなど、聞くまでもない。 「危なっかしくてさ、見てらんねーの」 指を組んでそう告げる声は何処か聞いたことのあるような温度で、 何処で、と少し記憶を整理してみれば、 なんてことはない、いつもの花宮の声の温度と同じだった。 「自覚がねーのもアレだけど、今回ので自覚があってもなーって思ったよ」 「そうか」 暫く沈黙が流れる。 「オレは此処が好きだよ」 唐突な言葉だった。 「この世界が狭いことを知っているし、現代にはそぐわないって分かってるけどね〜。 でもオレはこの土地が好き。 …教授だって、そうでしょ」 それにはこたえなかった。 こたえは要らないと、そうも思っていた。 息に感化された空気が白く染まって、そうして空へ昇っていくのを眺めていた。 もうすぐ、春が来る。 冬の美しさとは違う美しさを持った春が来ることが、とても、楽しみだった。   
20131120