それから暫く、委員会の仕事で帰るのが遅くなった。
帰り際にあの公園に寄ってみるも二人の姿はなく、
本当にこの場所とあの時間だけが、二人を海岬を繋ぐものだったのだと感じた。
あの事件から先、林葉は海岬のクラスへは近付かなくなっていて、
海岬の方も、また林葉にあんなことがあってはたまらないと、歩み寄ることはしないでいた。

委員会の当番も変わって、やはり脚が向かったのはあの公園だった。
入り口に立って見えたのは、小さな影。
「…コウキ」
「あ、兄ちゃん」
久しぶり、と近付いてくる。
「林葉は?」
「ジュース買いに行った」
あすこの自動販売機、修理中なんだって、と言われて、ああ、頷いた。
指差された自販機は、確かに何やら紙が張られていて使えそうにない。

ひとつ、息を吐いてコウキを見つめる。
「コウキ、ごめん」
「何に対して?」
見上げてくる眸は笑っていなかった。
子供もこんな表情できるのか、いやこの子だからか、
冷や汗めいたものを感じながら目を逸らさないように力を込める。
「林葉のほっぺた。あんなに、しちゃって」
ふ、と視線をそらされた。
蟻の行列の先。
でもコウキの思考がそんなところにないのは一目瞭然だった。
「…兄ちゃんは姉ちゃんのカレシじゃないんだよな」
コウキの言葉に少し驚きながらも頷く。
今の幼稚園児はこんなにマセているのか、自分の幼い頃はどうだっただろう。
「だよな。姉ちゃんにもそれはないって爆笑されたし」
林葉の弟だからだろうか、この子は少し賢いように見えた。
「でも、兄ちゃんが本当に兄ちゃんになっても、俺、良いと思ってる」
再び上げられたコウキの顔はとても真っ直ぐで。
ぐりり、と胸の辺りを抉られたような気分になった。
「俺、姉ちゃん大好きだから。
姉弟だから、結婚とか出来ないけど、するつもりもないけど。誰でも良い訳じゃ、ないから」
その言葉に、海岬は強い頷きを返すことしか出来なかった。
同じ気持ちが海岬の中にもあった。
林葉とどうこうなりたいなんて願望はないけれど。
その隣に立つことをホイホイ許してやれるほど、林葉をどうでも良くは思えていなかった。
「…良いこと教えてやるよ」
にぃ。
それは悪戯を思い付いた時の顔。
「俺の本当の名前、兄ちゃんとおんなし字なんだって」
「本当の名前?」
「うん、全部おんなし」
同じをおんなしと言うところが彼女と一緒だった。
本当の名前が何を指すのかは聞かない、知っているから。
「内緒だぜ、これ。男同士の秘密な」
そう言ってもう一度にぃ、と笑うと、海岬から離れる。
視線をずらしてみれば林葉がこっちに向かってくるのが見えた。

林葉の手の中にあったのは、二本ともやさしいあじのココアだった。
あげるよ、と押し付けられそうになった林葉の分を、
妥協ということで回し飲みしながら家路を辿る。
「僕はパティシエになるよ」
そんな中、林葉は突然、高らかに宣言した。
「パティ、シエ?」
頷く。
何故、また急に決めたのか。
海岬の思考を読み取ったかのように、林葉は笑った。
「僕でも、人を幸せにできるんだ、この方法なら。…お前を、幸せにできるんだ」
それはいつか、海岬の言った言葉。
人というところを自分に置き換えてくれたのには、何故だか胸がじんわりと熱を持った。



  



20140514