ぶわり、と頭の天辺からつま先まで走り抜けたのはきっと郷愁だった。
自分を見つめているようなその視線。
しかし、ああ、それは蒼だっただろうか。

違うと思うのに、思い出せない。



第三話
時が止まったようなそんな気分になったのは一瞬のことだった。 いずみがすう、と息を吸う。 「…デ?」 「ん?」 あのいたずらっこのような蒼い瞳は再び前髪の向こうへと隠れてしまっていたが、 それでも尚、その視線が無垢なものであると分かった。 「君は、僕らを消しに来たノ?」 え、と声を漏らしたのは涼水だけではなかった。 少女もその嫌に赤い唇をぽかん、と開け放っていずみを見つめている。 見えることはないが目も見開いているように感じた。 驚き。 その言葉で以ってして表現出来るであろうその様子は、 どう見てもいずみの言ったようなことを目的としてやって来たようには見えない。 けれど、と涼水は考える。 いずみがまたそうであるように、嘘を吐くのが得意な人間もいる。 この何処からどう見ても一般人であるこの少女がそうでないとは言い切れないのかもしれない。 「え、えっと、何で?」 言っている意味が分からない、とそういう反応をする少女にいずみは重ねる。 「だっテ、そうでなくチャそんな大切なことを僕らに言うなんテ、リスクが高すぎル」 確かに、と思ってしまった。 物語を書いている、なんて、そんなこと。 普通に考えたらそれは、 勝手にこちらのことを観察してモデルにして、という話になるのかもしれなかったが、 それにしてはあの瞬間に感じたものは、そんな次元を吹き飛ばすものに思えた。 いずみ、と呟く。 その声はひどく心配そうな音をしていた。 このまま、このまま、 すべてが終わってしまいそうで―――それを払拭するような、笑い声が響いた。 「あ、は、あはははは!まさかそんな反応が来るとは!」 発信元は少女である。 「いやー…いろいろ考えてはいたけど、そっちだったかー。 いやー分からないものだねー…ほんとう…ぶふっ」 何やらツボったらしい。 暫く笑い死にそうな少女を眺めていると、落ち着いたのか深く息を吐いてから少女は顔を上げる。 「安心してよ」 こちらの深刻さが馬鹿馬鹿しくなるようなそんな軽い声。 「僕はそんなことしない。 あ、僕のことはYって呼んでよ。僕を表す、記号みたいなものだから」 それにじゃあY、と言葉を発したのはいずみだった。 「君は…何のためニ此処へ来たノ?」 まだその眉間には皺が寄っていて、彼女の反応を真に受けてはいないのだと分かる。 あのね、いずみ、と紡がれた声はひどく優しかった。 「愛しいものたちに会いに来るのに、理由なんて要らないよ」   
20140604